ネムルト山からシャンルウルファへと下る道のりは,神になろうとした男の夢の跡から現代土木工学の粋までを辿る旅にもなります.本記事では,実際に訪れた写真とともに,その見どころを紹介いたします.
Arsemia Örenyeri(アルセミア遺跡)

アルセミアは,ネムルト山の山頂から南東へ約9キロメートルに位置し,コンマゲネ王国の夏の首都および行政の中心地でした.
アンティオコス1世の碑文によると,紀元前2世紀初頭に,コンマゲネの祖先であるアルサメスにより,カフタ川の東に建設されました.現在残る遺跡の大半は,アンティオコス1世により建設されたものです.
アンティオコス1世およびコンマゲネ王国については,以下の記事をご覧ください.
これらの遺跡は,険しい崖の上に築かれています.駐車場から案内に沿ってゆくと,恐らくかつての儀式用の通路が現在の観光ルートとなっています.急な登りが続くため,足腰に不安のある方はご注意ください.
先ず現れるのは,右半分のみが残るレリーフです.解説看板によると,アンティオコス王がアポロン神と握手をしている様子が描かれています.残っているのは,アポロン神のようです.


アルセミアには,現在までに発見された中でアナトリアで同時代に書かれた最長のギリシャ語碑文があります.この碑文には,都市の建設,コンマゲネ王国の法律,王家の系譜,宗教施設,社会生活,レリーフ,そして儀式について記されているようです.

碑文の上,北側には,アンティオコス1世がヘラクレス神と握手をする姿が描かれたレリーフがあります.

碑文の下には、階段で急勾配に下るトンネルが続いています。全長約158メートルのこのトンネルは,宗教的な目的で使用されていたと考えらえているようです.

Arsemia Örenyeri
住所:Kahta
営業時間:8.00 – 19.00(4月~10月),8.00 – 17.00(11月~3月)
定休日:なし
料金:無料
URL:https://muze.gov.tr/muze-detay?SectionId=ARS01&DistId=MRK
Cendere Köprüsü(ジェンデレ橋)

ジェンデレ橋は,ジェンデレ川に架かる古代ローマの渡河橋です.
ローマ皇帝セプティミウス・セウェルス(在位:193~211年)の命で建設された,幅7メートル,高さ30メートル,長さ120メートルの石造りアーチ橋で,モルタルを使用せずに作られているようです.

南側の入り口に立つ2本の円柱は,それぞれローマ皇帝セプティミウス・セウェルスと妻であるユリア・ドムナとの名で建てられています.北側の入り口には,1本の円柱が残っており,これは彼らの息子であるカラカラの名で建てられています.建設当時は,この向かいに別の息子ゲタの名で建てられた円柱があったようですが,父の跡を継いだカラカラ帝は,弟のゲタを殺害し,ローマ領内にゲタの名で建てられた全ての建造物を破壊するよう命じました.このため,ジェンデレ橋のゲタの柱も撤去されてしまったのです.

橋の欄干に残る碑文から,ジェンデレ橋はローマ時代に何度か修復されていることが分かっているようです.
Nissibi Köprüsü(ニッシビ橋)

ニッシビ橋は,アドゥヤマンとシャンルウルファとの間に架かる橋梁で,アドゥヤマン・ディヤルバクル道が,アタテュルクダム湖を横断する地点に建設されました.
2015年5月21日に開通.中央径間400メートル,両径間それぞれ105メートル,全長610メートルの斜張橋です.

この橋の建設により,アドゥヤマン東部とディヤルバクル西部との距離が,約40キロメートル短縮されています.


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