国民必読の古典.
お能を観始めてから手に取った1冊です.
書籍情報
今から600年ほど前,シェイクスピアが活躍する200年も前に書かれた演劇論.
お能を大成した世阿弥が遺した20余に及ぶ伝書のうち,最も初期に書かれたものです.
一子相伝の書として遺されていたものが,明治42年,「世阿弥十六部集」により学会に紹介され,昭和2年,「花伝書」と題して岩波文庫に収められました.
本記事では,岩波文庫の「風姿花伝」と100分de名著ブックスの「風姿花伝」とを紹介いたします.
先ずは美しい日本語で書かれた岩波文庫の原文を読み,次に現代解釈の100分de名著のような現代語訳を読み,再び原文を読むといった順序を辿ると,より本書の美しさを味わうことができると思います.
時間がない方は,オーディブルをご利用されるのもおすすめです.
風姿花伝 (岩波文庫)
著 者:世阿弥,校訂: 野上豊一郎,西尾実
出版社:岩波文庫
発売日:1958/10/25
NHK「100分de名著」ブックス 世阿弥 風姿花伝
著 者:土屋惠一郎
出版社:NHK出版
発売日:2015/2/20
観阿弥と世阿弥
お能は観阿弥がその礎を築き,世阿弥が大成したと言われています.
大和猿楽の一派,結崎座の棟梁である観阿弥の長男が世阿弥.
世阿弥12歳のとき,京都今熊野神社で行われた猿楽興行に観阿弥とともに出演し,将軍足利義満の寵愛を受けるようになります.
少年時代の世阿弥は大変な美少年であったと言われており,関白二条良基も「藤若」という幼名を与えてその美しさや才能を絶賛したようです.
世阿弥22歳のとき,観阿弥が亡くなります.
「風姿花伝」は,世阿弥40歳前後の著で,父から伝えられたものを子孫に伝え遺すために書かれたもの.
世阿弥は,義満の絶大な保護を受けた時期もありましたが,次の将軍義持は田楽を好んだため,だんだんと疎外されていきます.
70歳にして嫡男元雅を失い,さらに2年後,将軍義教により佐渡へ配流されるという悲運に見舞われますが,その晩年は明らかでありません.
「風姿花伝」の構成
「風姿花伝」は7編から成っており,その概要は以下の通りです.
序
申楽の歴史と役者の心得とを述べる.
第一 年来稽古條々
能役者の生涯を七歳から五十有余までの7段階に分類し,それぞれの段階に応じた稽古の心得を具体的に示している.
第二 物学(ものまね)條々
物まねはお能の肝要であるとして,良く似せることが本意ではあるけれども,事によってはそうではないことを述べている.
「女」や「老人」など9つの役柄を演じる際のアドバイスを記している.
第三 問答條々
Q&A形式.世阿弥の問いに対して観阿弥が答えたと想像される.
立会に勝つ方法など9つのお題がある.
第四 神儀云(しんぎにいはく)
申楽の由来,歴史を記している.
第五 奥儀讚歎云(おうぎにさんたんしていはく)
風姿花伝の意味,執筆の動機が書かれている.
世阿弥の属する大和猿楽と,近江猿楽,田楽との違いと他の芸風も取り入れる面白さを説き,さらに身分の高い人だけではなく,一般大衆からあまねく敬愛される大切さを説いている.
第六 花修云(かしゅうにいはく)
お能の作品の作り方,シテの心得を論じている.
章の最後に,”この條々,心ざしの芸人より外は,一見をも許すべからず.”とあり,この書が秘伝として残されたものであることがわかる.
第七 別紙口傳(べっしくでん)
お能の「花」について明確に述べられている.
一家におけるもっとも重大なもの,一代に一人だけに伝え次ぐべきものであると述べられ,本書に芸の本質が詰められていることがわかる.
「花」とは何か
老骨に残りし花
亡父にて候ひし者は,・・・(中略)・・・これ,誠に得たりし花なるが故に,能は枝葉も少なく,老木になるまで,花は散らで残りしなり.これ,目のあたり,老骨に残りし花の證據なり.
風姿花伝 第一 年来稽古條々
世阿弥が,老いの美学を初めて確立した.
これに対して,以下の言葉があります.
されば,時分の花を誠の花と知る心が,真実の花になほ遠ざかる心なり.ただ,人ごとに,この時分の花に迷ひて,やがて,花の失するをも知らず.初心と申すはこの比の事なり.
風姿花伝 第一 年来稽古條々
若さに分を得たその時限りの花におごり,自己を見失うほど愚かなことはないということです.厳しい.
新しき,珍しきが花
そもそも,花と云ふに,萬木千草において,四季折節に咲くものなれば,その時を得て珍しき故に,玩ぶなり.
風姿花伝 第七 別紙口傳
申楽も,人の心に珍しきと知る所,即ち面白き心なり.花と,面白きと,珍しきと,これ三つは,同じ心なり.
人気に左右される芸能の世界で勝ち残るために,常に新しいもの,珍しいものを作り出していくことが大切だということ.
ドラッカーのイノベーションです.
自己の更新
能も住する所なきを,先づ,花と知るべし.
風姿花伝 第七 別紙口傳
1つの場所に安住しないことが大切である.
成功体験に寄りかからず,常に革新していく.そうしなければ衰退するのみというのは,まさに現代にも通じるものです.
秘すれば花
秘する花を知る事.秘すれば花なり,秘せずば花なるべからず,となり.この分け目を知る事,肝要の花なり.そもそも,一切の事,諸道芸において,その家家に秘事と申すは,秘するによりて大用あるが故なり.
風姿花伝 第七 別紙口傳
しかれば,秘事といふことを顕はせば,させることにてもなきものなり.これをさせる事にてもなしと云ふ人は,未だ,秘事といふ事の大用を知らぬが故なり.
世阿弥のあまりにも有名な言葉.
勝負に勝つための戦略論として語られています.
女時(あちらに勢いがあるとき)に人知れず準備をしておき,男時(こちらに勢いがあるとき)が来たらそれで一気に勝負に出る.
まとめと感想
第七 別紙口傳は以下のように締めくくられます.
いづれを誠にせんや.ただ,時に持ちゆるをもて,花と知るべし.
風姿花伝 第七 別紙口傳
どれが誠の花と決めてしまうべきものではない.時の用に足りるものが花であると理解すべきである.
「家,家にあらず.次ぐをもて家とす.人,人にあらず.知るをもて人とす」と云へり.
風姿花伝 第七 別紙口傳
家督が続くのが家ではない.芸の命が続くのが家である.
晩年,佐渡に流された世阿弥は「却来(きゃくらい)」について語った手紙を書いています.
却来とは,ある境地に達したあとまた元に戻るという意味ですが,歌舞幽玄風の能を極めた後に,もう一度出発点に戻り,いわば下位の能である鬼能をやってみる.
これを土屋惠一郎さんは,”年を取ったからこそ享受できる自由がある”と述べています.
老いの美学を確立し,自己の更新の重要性を説いた世阿弥の風姿花伝の金言は,世阿弥の生きた時代と同じく変化の激しい不安定な現代を,生き抜く知恵を与えてくれるものではないでしょうか.
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