渋沢栄一と山縣有朋
この本を手に取ったのは,渋沢栄一という人が新1万円札の顔となったからでも,財界人として初の大河主人公に決定されたからでもなく,とある冬の日に京都の無鄰菴(むりんあん)を訪れたことがきっかけでした.
南禅寺の疎水を利用して,七代目小川治兵衛により作庭された無鄰菴.
これを指示したのが2度の首相を経験し,陸軍の基礎を作った長州出身の山縣有朋(やまがたありとも)です.
お庭を案内していただいた先生曰く,「悪役として描かれることが多い山縣有朋,国葬の参列者も寂しいものだった.その山縣有朋が幽霊となり,対照的な渋沢栄一と問答する場面から始まる物語があります.」
それが「漫画版 論語と算盤(そろばん)」でした.
こちらの漫画は,「論語と算盤」をそのまま漫画にしたものではなく,オリジナルで山縣有朋の幽霊を登場させ,対照的な2人の人生を振り返りながら物語を進めていきます.
「論語と算盤」をベースとしながらも,漫画で読む渋沢栄一の偉人伝となっています.男前です.
渋沢栄一ってどんな人?を短時間で学ぶのにちょうどよい漫画です.
著 者:渋沢 栄一,近藤 たかし
出版社: 講談社
発売日:2019/9/26
書籍情報
これ以降は,「現代語訳 論語と算盤」についての紹介です.
約500社もの企業の創立に貢献し,日本実業界の父と呼ばれた渋沢栄一.
その公演の口述をまとめて1冊の本にしたものが「論語と算盤」です.
著 者:渋沢 栄一,訳 者: 守屋 淳
出版社:筑摩書房
発売日:2010/2/8
論語と算盤とは
道徳や武士道の精神を「論語」に,経済や富を「算盤」に例えて,この一見するとかけ離れたように見えるものを一致させるという,渋沢栄一の経営哲学を説いたもの.
本書の中で以下のように語られています.
国の富をなす根源は何かといえば,社会の基本的な道徳を基盤とした正しい素性の富なのだ.そうでなければ,その富は完全に永続することができない.
素晴らしい人格をもとに正義を行い,正しい人生の道を歩み,その結果手にした豊かさや地位でなければ,完全な成功とはいえないのだ.
精力的に株式会社組織による企業の創設・育成を行った渋沢栄一は,「論語」を社会で生きていくための絶対の教えとして常に自分の傍から話したことはないと語っています.
現代のコピーライターも真っ青な秀逸なタイトルです.
徳川家康と論語
渋沢栄一が,我が国の偉人の中で最も戦争が上手であり,世間と付き合っていく道に秀でていたと語っているのが徳川家康.
多くの教訓を残していますが,その大部分が「論語」の教えから来たものだと分析されています.
例えば,以下の有名な言葉が挙げられます.
人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし.
己を責めて人を責めるな.
人はただ身のほどを知れ草の葉の,露も重きは落つるものかな.
堪忍を無事長久の基とし,運命をつかまえて300年続く幕府を築いた徳川家康も「論語」の教えに則っていたのです.
蟹穴主義が肝要
わたしは,「蟹は,甲羅に似せて穴を掘る」という主義で,「渋沢の身の丈」を守るということを心がけている.
身のほどを知らなければ,とんだ間違いを引き起こすことがあり得るという話です.
しかし,現状に満足して新しいことをする気持ちを忘れろと言っているわけではありません.
ここでも,一見して相反するように見えるもののバランスをとる必要性を説いています.
大体において,災いの多くは得意な時に兆してきます.
これに対して,得意なときにも調子に乗ることなく,些細なことがかえって大きなことになる場合やその逆もあるので,大小にかかわらずものごとの性質をよく理解して,相応しい取り扱いをするよう心掛けなさいと述べています.
水戸光圀公の壁書の中に,
「小さなことは分別せよ.大きなことには驚くな.」
とあるのは,まことに知恵あるものの言葉である.
またこうも語っています.
たとえ自分は,「今よりももっと大きなことをする人間だ」と思っていても,その大きなものは微々たるものを集積したもの.
どんな場合も,些細なことを軽蔑することなく,勤勉に,忠実に,誠意をこめて完全にやり遂げようとすべきなのだ.
繰り返し,肝に銘じたい言葉です.
根幹に据える志を立てる
渋沢栄一は,17歳のとき武士になりたいという志を立てたと言います.青年期において志はしばしば揺れ動き,最後に実業界で身を立てようと志したのは30歳を過ぎた頃でした.
もしも10代の頃から本当の志が立ち,初めから商工業に向かっていたとすれば,もっと商工業に関する素養を積むことができたに違いないと,痛恨の思いに耐えないと語っています.若い人には是非ともこの失敗を教訓としてほしいと.
ではそのようにすれば自分に合った志を立てることができるか.志を立てる工夫を以下のとおり述べています.
まず自分の頭を冷やし,その後に,自分の長所とするところ,短所とするところを細かく比較考察し,そのもっとも得意とするところに向かって志を定めるのがよい.またそれと同時に,自分がその志をやり遂げられる境遇にいるのかを深く考慮することも必要だ.
お金はよく集めてよく使おう
この本を読む限り渋沢栄一という人は私心なく,あくまでも国を富ませて人人を幸せにするという理念のもとに,精力的に資本主義の基盤を作っています.
お金について述べた箇所がありますが,お金とは大切にすべきものであり,同時に軽蔑すべきものでもあると.
それを決めるのは,すべて所有者の人格によるというのです.
お金の本質を本当に知っている人は,道徳的に正しい方法で集めて,良い事柄に使っていくべきだと説いています.
人物起用についても私心なく,たとえ自分に歯向かった人間や謀った人間であろうとも,適材であると考えれば大胆に重役に採用する寛大さがありました.
これはなかなかできることではありません.
このようなことからも,彼を敬愛する人は大変多かったのだろうと思います.
まとめと感想
渋沢栄一は,難しい選択を迫られる場面では,その都度結果として必ず最善の道を選びとっていたといいます.
その理由のひとつは,自分の意見とは相反する情報まで徹底して集めてそれを冷静に使いこなしたので,広い視野を基にした絶妙なバランス感覚を発揮できたから.
情報も信頼も現代のビジネスにおいて,必要不可欠な要素です.
論語を基軸とした誠実さを信念とし,冷静に情報を分析して情熱をもって事業に取り組む.
冷静と情熱という,この一見するとかけ離れたように見えるものを一致させる.
中学生が理解できるというコンセプトで現代語訳された本書は,私にも大変読みやすかったです.
テクニック論ではない,働き方の本質的なバイブルとして,一読して損はないです.
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